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    防衛省、宇宙ごみ(スペースデブリ)監視を強化
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       防衛省は、地球周辺を飛び交う宇宙ごみ(スペースデブリ)から人工衛星を守るため、国内のミサイル防衛(MD)用レーダー「FPS5」を活用して監視を強化する検討に。

      近年、各国の宇宙利用の活発化で宇宙ごみが急増。ごく小さくても高速で衝突すれば衛星が破壊される恐れがあるため。

      日米両国は新たな日米防衛協力の指針にも、宇宙分野の柱として宇宙ごみ監視を盛り込む方針。


      今日も元気ネット
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      | - | 08:56 | comments(0) | - |
      エイプリルフール
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         今日は4月1日。エイプリルフール。
        エイプリルフールとは、毎年4月1日には嘘をついてもよい、という風習のこと。4月1日の正午までに限るとも。
        英語の「April Fool」は、4月1日に騙された人を指します。
        さて、今日はどのような嘘をつきましたか、皆さん。

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        | - | 19:46 | comments(0) | - |
        三月三十日の日曜日 パリに燃えた いのちひとつ
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           フランシーヌの場合は あまりにもおばかさん
          フランシーヌの場合は あまりにもさびしい
          三月三十日の日曜日
          パリの朝に燃えた いのちひとつ
          フランシーヌ
           
           *****************

          この歌は1969(昭和44)年の6月に発売された。曲名は「フランシーヌの場合」という。新谷のり子さんのデビュー曲であり、大ヒットとなった。

          この曲が大ヒットした1969(昭和44)年は、学生運動が盛り上がったときであり、ベトナム戦争、沖縄闘争のうねりと共に時代の心を代表し、多くの人々の共感を得た。

          今日3月30日は、30歳の女性フランシーヌ・ルコントさんがパリで焼身自殺した日。彼女はベトナム戦争、ナイジェリアに心を痛め、自殺した時もビアフラの飢餓の切抜きを持っていたという。また、ウ・タント国連事務総長などに訴えの手紙も書いたこともあるといわれる。

          1人の女性の焼身自殺で何かが変わるわけでもないが、この事件に心を動かされた日本人によって、一つのフォークソング(反戦歌)「フランシーヌの場合」が作られた。


          今日も元気ネット 
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          | - | 02:12 | comments(0) | - |
          空飛ぶ円盤
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            空飛ぶ円盤3機が米ニューメキシコ州で回収された――。過去のそんな証言を記した米連邦捜査局(FBI)の資料がネットで注目を浴び、これまでに100万人以上が閲覧している。FBIはこのほど、「ロズウェル事件」との関連についての新たな注釈を付け加えた。

            興味を抱かされます。
            詳しくは↓

            http://www.cnn.co.jp/fringe/35030171.html?tag=top;..
            | - | 01:03 | comments(0) | - |
            携帯 88年前の予言
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               今や契約件数が60億件を超える携帯電話。今年は出荷台数の過半がスマートフォンになり、インターネット人口はさらに増加。誰がこんな時代を想像しただろう。
              実は88年前、子供向けの雑誌に「予言」はあった。大正12年の関東大震災からの復興を願った「大東京復興双六(すごろく)」の付録に東京の未来を描いた1コマがあるが、これに小学生が歩きながら「懐中電話」で家の母親と話す姿が登場している。

              独居高齢者支援システム「今日も元気ネット」
              | - | 19:23 | comments(0) | - |
              「今日も元気」ネット
              0
                 

                「今日も元気ネット」ここがポイント!
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                | - | 21:47 | comments(0) | - |
                ミステリアスな遭難事故
                0
                   早いもので、もう1月30日。今日はミステリアスな遭難事故の話。

                  1979年1月30日、ヴァリグ・ブラジル航空機遭難事故が発生。これはブラジル国籍のボーイング707-320F貨物機が太平洋上で行方不明になった事故です。

                  ヴァリグ・ブラジル航空967便は、日本とブラジルを結ぶ航空貨物路線として当時週1回運航されていました。事故当日、この貨物機は定刻よりも2時間強遅れの午後8時23分に新東京国際空港(現成田国際空港)を離陸。30分後の午後8時53分に銚子沖740キロメートルの太平洋の位置通報地点で、同機から東京航空交通管制部への「次の位置通報地点通過は午後9時23分」との通信を最後に消息を断ちました。

                  フライトレコーダーやボイスレコーダー、海面に漂う燃料はおろか、一切の機体残骸が発見されていません。事故後30年以上経過した現在に至るまで行方不明のままです。消息を絶ったのが「ドラゴントライアングル」と呼ばれるエリア内であったことから、「何らかの超常現象によるものではないか」、「未確認飛行物体に拉致されたのではないか」とも囁かれました。

                  「ドラゴントライアングル」で起きたミステリアスな遭難事故です。


                  独居高齢者支援システム「今日も元気ネット」
                  | - | 12:26 | comments(0) | - |
                  1888年1月27日、ナショナルジオグラフィック協会設立
                  0
                     1888年の今日1月27日、ナショナルジオグラフィック協会(National Geographic Society)が設立された。これは、地理学の普及を目指した探検家、教師、軍人らの33人のメンバーによってに設立された団体である。月刊誌「ショナル ジオグラフィック」の発行元として有名。

                    初代会長にはG・ハバードが、第2代会長には、電話の発明者で、G・ハバードの義理の息子にあたるグラハム・ベルが1898年1月に就任。また、山本五十六がハーバード大学で語学研修を受けている時に協会の会員となり、ナショナルジオグラフィック誌の愛読者であったことが知られている。

                    地球物理学者で東大教授だった故・竹内均氏は、若い頃の米国留学中にこの雑誌に出会い、感動。そして、日本でもこの様な科学雑誌を創りたい、青少年に科学の素晴らしさを伝えたい、と長年夢を暖め、定年退官後にそれを「科学雑誌ニュートン」に結実させた。氏の著書をひも解くと、この辺りの事情が詳しく述べられている。

                    因みに、1981年の創刊0号より購入している「科学雑誌ミュートン」は膨大な量となり、私の書棚を占領している。古い順番に表紙が色あせて来るが、内容は色あせることなく、今もって新鮮で感動的である。20数年前より購読しているナショナルグラフィックも同様である。

                    余談だが、1995年9月に公開されたクリント・イーストウッド監督・主演映画「マディソン郡の橋」の主人公は、確かナショナルジオグラフィック協会のカメラマンだった、と記憶している。


                    独居高齢者支援システム「今日も元気ネット」
                    | - | 17:54 | comments(0) | - |
                    1948年(昭和23年)の今日1月26日、帝銀事件が発生。
                    0
                       1948年(昭和23年)の今日1月26日、帝銀事件が発生。

                      毎日、何かを日記に綴る事を日課とし、「今日は何の日」シリーズで世界と日本の出来事を綴っている私です。

                      今朝、この事件に関して拙文を綴ったのですが、操作ミスで消えてしまいました。詳しくは又の機会とさせて頂きますが、戦後間もない日本がGHQの占領下に置かれていた時に起きた事件であり、誰もが「冤罪」だったと捉えている筈です。では、何故この様な事件が起きたのでしょう。それは皆様の推理にお任せします。

                      犯人とされたのは画家の平沢貞通。彼は、長年宮城刑務所に収監されていましたが、その後高齢のため体調を崩し、1987年年5月10日に八王子医療刑務所で肺炎を患い獄中で病死。95歳でした。39年間に渡る獄中生活は1万4142日を数え、確定死刑囚としての収監期間32年は当時の世界最長記録でした。

                      歴代の法務大臣は、誰も平沢貞通の死刑執行に署名しませんでした。ある法務大臣は、「これは冤罪だろ」と言って死刑執行を命じませんでした。

                      「事実は小説より奇なり」と申しますが、この事件は戦後最大のミステリーの一つだと思います。

                      興味ある方は、例えば、松本清張:著「小説帝銀事件」・「日本の黒い霧」等をご参照下さい。誤解を恐れずに言えば、下手な推理小説を読むより、遙かに面白くて興味を抱かされます。それに映画「帝銀事件死刑囚」(1964年 日活 監督:熊井啓 平沢役:信欽三)。脇役で光っていた信欽三さんが平沢役の主演ですが、渾身の演技でした。

                      ところで、今日はNPO法人設立後の総会でした。終了後は皆さんと杯を傾け、心温まるひと時を過ごしました。酒は人と人を結びつけ、コミュ二ケーションを育みます。

                      機会があれば、これも「酒場の考現学」のテーマで綴ってみたいと思っています。

                      | - | 23:00 | comments(0) | - |
                      1902年1月23日、八甲田雪中行軍遭難事件
                      0
                         1902年(明治35年)の今日1月23日、八甲田雪中行軍遭難事件が起きた。これは、日本陸軍第8師団の歩兵第5連隊が八甲田山で冬季訓練中に遭難した事件。

                        冬の八甲田山は重装備が必要だったが、指導部の無謀さから兵士は軽装のまま行軍を開始。猛吹雪の中で道を失い、寒さと飢えと疲労の為に210名が遭難。199名が死亡した。

                        事件の背景には、日本陸軍が冬季訓練を緊急の課題としていた事が挙げられる。陸軍は1894年(明治27年)の日清戦争で冬季寒冷地での戦いに苦戦し、そして更なる厳寒地での戦いとなる対ロシア戦を想定。その為の準備をしていた。こうした想定は、事件から2年後の1904年(明治37年)に日露戦争として現実のものとなった。

                        この事件を題材とした小説では新田次郎が著執した「八甲田山死の彷徨」、映画作品では東宝・シナノ企画の製作で1977年に公開された「八甲田山」がある。

                        小説を読んだのも映画を鑑賞したのも随分と昔の事であるが、この拙文を綴りながら、今、それらを想い起こしている。
                        | - | 01:53 | comments(0) | - |
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